クリエイティブカンパニー 時遊人 Vol.6 Dramatical Reading

「Re:all world = 偽りの星屑 空の向こう =」


プロローグノベル
【サウストピア】時丘晃

 3、4階建てのビルディングが何棟か、月に照らされ、黒いシルエットとしてそびえる。
 街灯や建物の明かりは点いていない。正確には電気を必要とするものだ。
 まばらではあるが大通りに数カ所、建物の中にも、そしてここにも、可燃物と酸素を必要とする旧来ながらの焚き火によって、淡い暖かみのある明かりがある。それは、紺色の夜空と鮮やかなコントラストをなしている。
 何世紀も文明が進んだと言うのに、行き着いた、現時点で行き着いた人類の未来が、よもや焚き火で照らされるだなんて誰が思い描いただろうか。
 建物の屋上で、赤茶髪の若い男、ノルマンはそう思いながら薪を火にくべる。
 火の粉が舞い上がり、ノルマンは少し驚く。ただ、綺麗だなと。焚き火など初めてした。電気に頼ってきた世代だからこそ知らない。でも焚き火は良い物だと思う。明るくて暖かい。こんなこと、電気式では……いや出来なくもないが、こんな優しさはないだろう。
 ノルマンが口元を緩め、ほうれい線を深めて笑う。着ているグレーのコートは端と言う端がボロボロである。
 おもむろに、胸元から黒い棒を取り出す。先端を触れると、棒状の物から光の幕が現れる。
そこにはノルマンと、その肩に身を寄せる女性、そして彼と同じく赤髪の女の子が投影されている。ノルマンはその顔に触れる。光の幕に過ぎず、投影が揺らめく。
 屋上の扉が開く。ノルマンと同じくグレーのコートを羽織った男が立っていた。男のコートはノルマンに劣らず、いや劣って、つぎはぎだらけである。長く愛用しているのか、変えるのが面倒か。男の髪は正面からは分からないが、後ろで結ばれ相当な長髪である。
「ノルマンくん。ここにいたのかね」
 ひげ面で、シワだらけの男は眼鏡を光らせ、両手を広げて満遍の笑顔である。
「……いい歳なんですから、やめてくださいよ博士」
 ノルマンが男のことを博士と呼ぶ。博士と呼ばれた男はノルマンの横に腰掛ける。
「人生は明るくがモットーさ。はっはっは」
 博士は焚き火に手をかざし、楽しそうである。博士が、ノルマンの手にしている写真を見る。少しだけ表情が落ち着く。
「良い顔してるな」
 博士に言われ、ノルマンは写真に視線を戻す。
「……はい」
「君の奥さんのボルシチはとても美味しかった」
「はい」
「ルーは、今年、初等学校の入学だったな」
「……」
「娘さんの記念すべき一年だぞ? そう落ち込んじゃいかんよ」
 さぞ普通のことのように博士は話す。それとは違って、ノルマンは肩を落としていた。
「博士はなんで……なんでそんなに、明るくいられるんですか」
 ノルマンは、黒い棒の先端を触り、写真を消す。
「もう、娘にも、女房にも会えない」
 博士は空を見上げる。
「……家族を持たなかった私には、今の君の気持ちは計り知れぬ。だが、いつまでも気を落としていても仕方がない。君はこのまま、死にたいのかね?」
「何を」
「気を落として落として、その先にあるものはなんだね?」
「その、先」
 博士は立ち上がり、背を伸ばす。
「なーんも無いよ。なーんも無い。気を落として、世界が変わった試しもない。現状は変わらない。時だけがただただ過ぎ去っていく。そして、死ぬまでそれを続けるなら、今の君は死ぬのを待ってるだけだ」
 博士は屋上の端へ向かって歩き出す。
「ノルマンくん。現状をよく考えるんだ。バビロンによって我々男性種はこのサウストピアに隔離された。葛藤はあると思う。だが、実に堅実的だ。男に影響のあるモノソミーウイルスが蔓延した。だから我々を切り捨てる」
「ですが、そんな非人道的なこと」
「ノルマンくん」
 博士がノルマンを指差す。
「君に問おう。君が大事なのは自分かね? それとも、奥さんに娘さん?」
「それは」
「人類はウイルスに負けたんだ。だが致死性の低い……いや、男性が生まれなくなったという点で、長い目を見れば人類が緩やかに死んでいく……流石に、これをどうにかすることは出来ない。非人道的であれ、バビロンがしたことは、私は称賛するよ。滅亡までの時間を稼いだのさ」
 ノルマンが火に薪をくべる。火の粉が舞う。
「奥さんも娘さんもノーストピアで生きている。そして、我々もまだ死んじゃいない。死んでいないからこそ、立ち止まっていてはダメなんだ」
「博士……」
「さぁ。何もすることが無いなら、星を見よう。サウストピアから見える星も、格段に良いじゃないか」
「……ホント。博士は馬鹿がつく程、星が好きなんですね」
「星は嘘をつかないからな」
 博士は指を指しながら、あれとあれはあの星座で、と星を読み始める。
 隔離。言わば世界から死んでくれと、我々は言われているのに、なんでそんなに楽しそうにいられるのだろうか。ノルマンは博士のおかしさに疑問を持った。が、元々おかしい人であるのを知っているので、そこは深くは考えない。
「博士はなんで天文学の道に進んだんですか?」
「そんなことを聞くのは君が初めてだ」
「ま、僕しかいなかったですからね、博士の学科に行ったの」
「ストレートに言うね……そんなに聞きたい?」
「聞けるのなら」
 博士が腕を組み、頭を、体を傾ける。
 何でもペラペラ話す人なのに。いつもと様子が違う博士を見て、
「あ、いや! 話したくないなら」
「威厳が崩れるかも知れない」
 ノルマンは焦った自分がバカであったと気持ちを切り替える。
「キッカケがね。どうしようもないんだけど」
「……大丈夫です」
「本当かい?」
「だって、威厳なんて初めから無かったですし」
「ノルマンくん! そこは嘘でも、威厳あるって言おうよ!」
「すみません」
「ま、よかろう。キッカケなんて、ちっぽけなもんだ」
 無駄に空を見上げる博士。いらぬ間を貯め、
「子供の頃の話だ。私の父が言ったことを真に受けてから、宇宙に興味を持ったんだ」
「博士の、お父さんですか」
「子供だった私をあやす冗談だったのかも知れないがな。父が言うに、母との出会いは壮絶な戦いの中で出会ったそうだ」
「戦い? 学生闘争とか?」
「いやー……なんか宇宙戦争だとか」
「……なんですか、それ」
「私も、今の君と同じ思いだったよ。映画の見過ぎな狂った親父だと」
 その言葉を丸々言い返したい思いを堪え、「凄い人なんですね」とノルマンは口にする。
「あぁ。それで、おかしな話でね……母は宇宙人で、とても綺麗で強かったと」
「博士、どんどん飛んだ話になっていますが、それ作り話じゃ」
「私は事実を述べているよ。作り話は父の方かも知れない。母だって笑って何も言わなかったぐらいだ。まぁ事実を知りたければ、自分で調べろとな」
「はぁ」
「そんなところだ」
「……え?! それで終わりですか?」
 博士は「そうだよ」と、自慢げな顔をして火に手をかざす。
「つまりあれですか。博士はお父さんの作り話をキッカケに、色々解釈飛び越えて、天文学を……」
「イエス!」
「本当、ちっぽけですね!」
「ちっぽけで壮大だろ?」
「いや」
 屋上の扉が開く。二人と同様のグレーコートを着た男が数名、現れる。
「博士に、宇宙人疑惑だな」
 博士が顔を上げ、男達に声をかける。
「ガリレイ。それにユーリにアインズ。どうした、こんな辺ぴな屋上に」
「どうしたじゃないぜ、博士。あんたが呼んだんだろ」
 ガリレイは腰に手を掛け言う。他の男達と違い、コート越しではあるが、ひとまわり体が大きいのが分かる。ガリレイの肘がぶつかった男が、文句を言う。
「おい、ガリレイ。お前図体デカいんだから、気をつけろ」
「んなこった気にすんなよ、アインズ」
 アインズはガリレイを足で小突いている。ガリレイと違って、アインズは小柄で、実に対照的である。
「口喧嘩はやめとけよ二人とも」
 その後ろで、ユーリが二人をなだめる。
「博士。呼んでおいて待ち合わせ場所にいないのは困るんですが」
 博士へのつつきも忘れない。
 ノルマンが立ち上がり、博士を見る。
「あの、この人達は」
「んーー。私と愉快な仲間達さ」
「ダサいって!」
 小柄なアインズがガリレイに飛び乗り、上から物を言う。
 博士は頭を掻き、アインズに平謝りをする。状況が飲み込めないノルマンに、
「落ち込んでいる君に、未来を示そうと思ってね」
「未来?」
「紹介しよう。あの大柄でたくましい彼はガリレイ。優秀な設計士だ」
 ガリレイはアインズを持ち上げ、
「設計だけじゃないぜ。組み立ても、力仕事もお任せあれ、だ!」
「わ、降ろせよ! 筋肉馬鹿!」
「で、今、持ち上げられているのはアインズ君。物理学を専攻している優秀な若者だ。そして後ろの彼は」
「ユーリだ。博士からよく話を聞いているよ、ノルマン。君と同年だ。よろしくな」
 ユーリがノルマンに手を差し出す。
「あぁ、よろしく」
「ノルマンくん、彼はNASA、最後の宇宙飛行士だぞ!」
「え!」
「よして下さいよ、博士」
 ユーリは頭を掻く。
「ユーリくん。君も君だ。その名前に誇りを持ちなさい。かの有名なユーリ・ガガーリンと同じ名前だぞ?」
「まぁ、それはそうですけどね」
 博士と男達が和気あいあいなのを尻目に、ノルマンが一人、退いた目を向ける。
「博士。一体何を始める気で」
「未来を探すんだよ。ノルマンくん。我々の、人類の未来を」
「だから、その未来って」
 博士が空を指差す。
「隔離された者たちは皆、下ばかり向いている。馬鹿なもので、未だにノーストピアにテロを仕掛けようなどと言っている連中も少なくはない。君はこの現状、どう思う?」
「僕は」
「少し話しを変えよう……家族のいるところでテロを仕掛けようって言っている」
 ノルマンが開いた口を閉じる。博士に真っすぐな眼差しを向ける。
「だからこそ、私たちが、私たちから始める、未来探しをするんだ。下ではなく、上を向かせるんだ」
「上って言っても」
 ユーリがノルマンに肩に手を置く。
「ノルマン。この場にいる私たちは、何が出来る?」
「え? 何がって……」
 ノルマンは全員の顔を見る。
「設計、物理、天文……飛行士」
 皆がノルマンを見つめる。
「冗談ですよね? ……待って下さい。本気ですか?!」
 ガリレイが拳を掲げる。
「やっとこ、自由になれたんだぜ?」
「いや! 自由って」
「ノルマンくん。我々は、NASAを作るのさ」
「バビロンが黙っちゃいないですよ!」
「飛ばしたらね」
 ユーリがため息混じりに言う。
「飛ばしたらバレる。だが、作るまでは出来る」
「そんな根拠、どこから」
 アインズが自身の黒い棒状デバイスを起動させ、隔離政策の極秘資料を見せる。
「俺さ。ハッキングも得意なんだ。バビロンは、本当俺たちのこと舐めてる。向こうとこっちを隔てている砂漠の海を越えられないと」
「ま、実際、越えられないぜ。俺でもな!」
「だから、こっちの監視に必要なエネルギーも資源も、引き下げたってわけ」
 ノルマンは唾をのむ。
「それって」
「本当に自由なんだよ、ノルマンくん」
「博士……でも、今更ロケットなんて……それにこんなことじゃ、他の連中を」
「いつだったか、神話を作るって、君に言ったね? 神話とは目標だ。新たな目標を作るのさ」
「ノルマン。人類はなんで宇宙を目指したか分かるか?」
 ユーリが空を見上げ、ノルマンに聞く。
「博士の言葉を借りるなら、そこに星があったから、だろう。そして、人類は月を第一目標にして宇宙を目指した。我々はそれと同じことをするんだ」
「同じこと……惑星探査」
 ユーリが頷く。
 博士がヘラヘラしていた口を閉める。
「砂漠化を防げなかった……恐らく、壁で陸上封鎖したところで、根本的な解決は不可能だろう。例え、バビロンでもね。結局、人類は自然には勝てない。だからこそ」
「人類が生存可能な惑星を探す」
「そうだよ。ノルマンくん」
「でも、博士。それは、僕たちの残された時間じゃ」
「私たちは数十年。ノーストピアは、数世紀は保つだろう。それでもやるのさ。未来の人類に、我々古代人……古代サウストピア文明が、君たちの星を見つけておいたぞ! と」
「壁画でも残すかい、博士よぅ」
「ガリレイ、いいこと言うね。それ、胸が熱くなるよ」
 ノルマンが頭上を見上げる。空気が澄んで、幾億もの星が輝いている。
「途方も、ないですね」
「呪いを君に掛けよう。娘さんのために探すんだ」
「博士。つくづく思っていましたけど、本当、狂ってますよね」
「褒め言葉だ」
 博士はシワを寄せ、笑う。
「探しますよ。見つけてやります」
「よく言った、ノルマンくん!」
 博士たちが円陣を組んで、ノルマンを迎え入れる。
「さぁて、新生NASAの誕生だ。初代所長は、ユーリくんで」
「私ですか? てっきり博士が」
「私はNASAがどういう構成か知らんからね。知ってる君が適任だ」
 無責任な、と、皆一同に笑う。
「では……私が尊敬するもう一人の宇宙飛行士の言葉を所長として……これは私たちには小さな一歩ですが、人類にとって大きな一歩である。と」
 全員の、肩にかかる手の力が、どこか強く、熱く、ノルマンはそう感じた。
「博士。僕なんかが加わって良かったんですか?」
「もちろんだ。長年ついてきてくれた君だ。選ばないわけがない」
「正確に言えば、馬鹿しかこんなことやらねえからな」
 アインズがボヤく。
 笑いながら自然と皆、手が離れる。
「いやぁ、素晴らしいね。これは」
「博士がそんなに笑うの、久々に見ましたよ」
「そりゃそうだ。こんなにワクワクすることなんて無かったからな」
「それで、どの惑星系を探査します?」
「そうだなぁ」
「博士のお袋さんの故郷なんか、いいんじゃねえか?」
「まった、突飛なこと言ってるよ、この筋肉バカ」
 ガリレイがアインズの頭を一発殴る。
「流石に、そこまでは聞いてなかったな。はっはっは」
「とりあえず、博士。プロジェクト名だけでも決めておきましょうよ」
 ノルマンの言葉に、博士は空を見上げ数刻。
「……アルカディア。アルカディアプロジェクト。古代ギリシャ神話に出てくる理想郷だ」
「博士お得意のロマンですか」
「そうだよ。ノルマンくん。ダメかい?」
「……否定しても、星がそう叫んでる。ですよね?」
 博士が腰に手を掛け、そうだそうだと大きく笑う。
【サウストピア 終幕】

プロローグノベル(1)「とある男の話」
プロローグノベル(2)「ガール・ミーツ」
プロローグノベル(3)「ビフォア・ガール・ミーツ」
プロローグノベル(4)「LADY to LADY」
プロローグノベル(6)「ターニング・ムーン」





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