クリエイティブカンパニー 時遊人 Vol.4 Reading

「おいでませませアヤカシ荘〜新米大家の災難」


【プロローグのプロローグノベル】

 採用見合わせ。
 不採用。
『いや、ウチで何がしたいの? 君』

 パソコンのモニター明かりで照らされているだけの薄暗い六畳間で、阿部ハルアキはため息一つ、スクロール一回、ワンクリックを何度も何度も繰り返していた。
 留守電に書面、対面。就職氷河期に東大卒業という肩書きがプラスになることはない。
 採用担当にとっては、見比べるのは使えるかどうかだ。それが決め手なのだ。

 目の前には、先日受けた面接を含め、5、10……不採用通知と言う名の紙くずが散乱している。ここまで不採用であると自信を失くす、を通り越して、笑いしか出て来ない。
「いや、笑えない」
 笑えなくても、笑ってしまう。あぁ、これが疲れなんだな。ハルアキはそう思い、諦める。
 ため息、と同時に腹が鳴る。消沈していても、こいつだけは元気に鳴るもんだ。
 元・不採用通知だったゴミをかき分け、冷蔵庫を開ける。
 その中にも現実が広がっていた。何もない。いや、牛乳……期限切れの牛乳とチーズ。
 チーズ。それは乳製品。それは調味料。それはつまみ。つまむ酒は無い。
「いや、待て。期限切れの、そのパックの中も、チーズに変わり果てているかも知れない」
 開け……たのが間違いだった。禁断の香りは嗚咽を呼び起こす。
 迷う事なく、全てを下水の闇に葬る。
「……コンビニでも行くか」
 突っ立っていても、お腹が満たされるわけではない。財布と上着を手に取り、ハルアキは家を出た。

 暦上、春になったとは言え夜はまだまだ寒い。
 仕事帰りの中年サラリーマンが通り過ぎていく。
 自分もいずれそうなる。最近までそう思っていたが、先日、会社をクビになったばかりで、仕事に行く、家に帰る、と言った普通の生活を送れるのか疑問である。
 空を見上げれば満天、とは言いがたい程のさり気ない都会の星空。
 いつか私も僕も! と憧れの対象になる星。あの星の様になれたらとはよく言うが、星なんて沢山あり過ぎて、輝いていても平凡にしか見えない。目指すなら太陽か月にでもなんないと、流れ星のように、地上から見れば綺麗だけど、ただ燃え尽きて何も残らない。

「いらっしゃいさっせー」
 店員のやる気のない挨拶。「さっせー」ってなんだ、「さっせー」って。
 そんな疑問よりも、ハルアキは空腹を何で満たすか考えていた。
 おにぎり、弁当、パンも悪くない。何を食ってやろうと吟味しながら、自分の財布を取り出し、またもや現実に引き戻される。いや、現実という壁にぶち当たる。
「札がない……小銭も」
 ハルアキはキャッシュカードを手に取り、ATMに向かう。
 流石に下ろしていないだけだ。まだ口座に、先月の給料ぐらい、あるはず。
 恐る恐る暗証番号を打ち込み、残額を確認する。
 10万円が残っていた。
「家賃に光熱費……」
 危機的状況はもう目の前まで来ていた。
 おにぎり一個を買い、ハルアキは足早に帰宅した。

 ため息一つ、スクロール一回、ワンクリック。
 ため息一つ、スクロール一回、ワンクリック。
 ため息一つ、スクロール一回、ワンクリック。

 新店舗展開につき急募。高時給のお仕事あります。

 就職なんて言っている場合ではなかった。バイトでも派遣でも、今の状況を維持するために、何として新しい仕事を見つけねばならなかった。
 めぼしい募集をピックアップし、ハルアキは背筋を伸ばした。体中が固くなっていた。
「こんなはずじゃ……」
 こうなっても、おかしくはなかったのかも知れない。
 東大出身。聞こえはいい。だが、ハルアキの場合は不純だった。
 高校時代に出会ったアイドルのライブのために、親に小遣いアップをお願いしたのが全てのキッカケだった。ハルアキの父親が「東大目指すんなら考えてやってもいい」と言った日から、ハルアキは猛勉強の日々を送った。
 学びたい科目が有ったわけでも、ステータスとしての学歴が欲しかったわけでもない。
 アイドルのライブに通うために、父親と結んだ契約を果たしただけだった。

 東大卒業後、ハルアキは大手芸能事務所に就職した。

 アイドルを応援する側から、プロデュースする側へ。
 思考を変え、ハルアキは仕事に励んだ。
 だが、実際はそう上手くいかない。
一、 ファンだった者が考えるプロデュースなど、ただの理想に過ぎなかったのだ。
自分が望んでいても、他が望んでいるとは限らないのだ。
 ハルアキが担当した新人アイドルグループは、大きな成功を得る事もなく、日に日にファンの数を減らしていった。
 企画を打ち出しても空滑り。これならイケる。これならファンの心を鷲掴みに出来る。
 ハルアキは自分の信念を貫いていった。だが、どれも想像した結果を生む事はなかった。

「あなた、何を考えているの?」
 社長室はハルアキの六畳間二つ分の広さだった。書棚の本は高さを揃えられ、奥行きも本の長さに合わせられ、綺麗に整理されている。机の上にはパソコンと電話、最低限の筆記用具のみ。この部屋の主の徹底主義が感じ取られる。
 ハルアキの目の前にはイスに深々と座り、企画書を読む女性がいる。
 この事務所のボスである。
 直線的で細身の眼鏡を掛けた女性は、ハルアキに鋭い眼光を向ける。
「あなたの企画、ダサいわ」
「いや、これは彼女たちに合った」
「彼女たち? どれもこれもOEDさんのパクリじゃない」
 ハルアキは何も言い返せなかった。それは事実なのだ。あくまで、自分の経験。自分が応援してきたアイドルの企画に過ぎない。オリジナルや真新しさ。それはまだ生み出せていない。
 社長は一枚の書類をハルアキに渡す。それには、これまでの集客変移が記されていた。
「このくらいの数字は分かるわよね? いつまで二桁なのかしら?」
 1年間の活動で、三桁を越えそうになったことはあった。しかし、それ以来低下の一途であった。
「路上アイドルをやらせたいわけじゃないのよ、ウチは」
「それは、もちろんです!」
「ハッキリ言うけど、あなた、こっち側の人間じゃないわ」
 社長は企画書をハルアキに投げつける。
「プロデューサーにオタクはいらないのよ」

 クビを切られ、もうすぐ一ヵ月になる。
 一向に仕事が見つからない焦りと、悔しさ。どこにぶつければいいのか。
 ハルアキは仕事検索の手を休め、後ろに体を倒す。
 狭っ苦しい天井が、今にも落ちて来そうな気がした。

 ハルアキは、床に転がっていたラジオを掴み、電源を入れる。
 聞き覚えのある声がラジオから聞こえた。
「はは……」
 ハルアキが担当したアイドル達の声だった。
 ラジオ出演。デビューシングル。ハルアキが一年かけても出来なかったことを、この一ヵ月の内に進められている。
「やっぱ才能なかったな」
 ハルアキが呟き、瞼を閉じる。仕事探しはまた明日でいいや。もう寝よう。

 もう、どうにでもなれば、いいか。

【プロローグのプロローグノベル 終幕】





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